IHI 小宮義則CDOに聞く「超縦割り組織」のDX、進め方の極意とは

IHI 常務執行役員 高度情報マネジメント統括本部長 小宮 義則氏
歴史ある大手製造企業として、日本の三大重工業の一角を担うIHI。多種多様な製品ジャンルごとに事業部門が分かれ、それぞれで異なる業務プロセスとカルチャーを持つ同社は現在、事業の垣根を超えた全社規模のDXに取り組んでいる。その方針や具体的な内容、さらには同社ならではの困難や苦労、「超縦割り組織」でDXを浸透させる方法について、全社CDOを務める小宮義則氏に赤裸々に語ってもらった。
聞き手、構成:編集部 山田 竜司 執筆:吉村 哲樹
<目次>
①既存事業を「ライフサイクルビジネス」へと転換していく
②各事業のタイプに合わせた業務プロセス改革を進める
③デジタル技術を使った新事業の創出にも着手
④DXに必要な人材をどう養成するか?
⑤「超縦割り組織」にDXを浸透させるには? 重要なのは「進め方」
⑥データ活用のための人材育成・環境整備も進める
前編はこちら(この記事は後編です)
IHIに聞く「高難度DX」の進め方、デジタル変革を阻む「3つの壁」の正体とは?
既存事業を「ライフサイクルビジネス」へと転換していく
 IHIが現在進めているDXの取り組みには、大きく分けて2つの領域があります。1つが「LCB(ライフサイクルビジネス) DX」と呼ばれるもので、デジタル技術を使って既存事業をトランスフォームすることによって従来の「モノ売り」のビジネスから脱却して、製品のライフサイクル全般に渡って顧客に価値を提供していくLCB(ライフサイクルビジネス)への転換を図るというものです。

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2つのDXフレーム(出典:IHI)

そしてもう1つの領域が「事業創造DX」で、こちらはその名のとおりデジタル技術を活用して新たな事業を創り上げていくという活動です。現時点では主に前者のLCB DXに注力しており、事業創造DXはまだ始めて間もない段階です。

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LCB(ライフサイクルビジネス)DX (出典:IHI)

LCB DXの具体的な取り組み内容は多岐に渡りますが、大まかに分類すると「ビジネスモデル改革」と「業務プロセス改革」に分けることができます。
ビジネスモデル改革は3段階に分けて進めていく計画で、第1段階がIoTを使った製品の見守りサービスの拡充、第2段階ではIoTデータを活用してお客さまに提案型の保守サービスを提供します。そして最終段階である第三段階では、弊社製品以外も含めたお客さまが保有するすべての機械のデータを収集・分析して、工場の運営を丸ごとマネジメントできる提案型事業の創出を目指しています。

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(1)LCB(ライフサイクルビジネス)の拡大を中心としたビジネスモデル改革 (出典:IHI)

こうしたロードマップに基づき、現在さまざまな分野でデジタル技術を使った新たなビジネスモデルが創出され、実際に成果を上げています。その代表例の1つが「カスタマーサクセスダッシュボード」と呼ばれる仕組みで、特定のお客さまに関する情報をまとめて一元管理して、ダッシュボードを通じて全社で共有できるようにしたものです。これによってお客さまを「面」でとらえて全社的な対応がとれるようになり、これによって見積リードタイムの短縮が実現しています。

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事例1:カスタマーサクセスダッシュボード(産業機械系)-① (出典:IHI)
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事例1:カスタマーサクセスダッシュボード(産業機械系)-② (出典:IHI)

また、お客さま先に納めた大型ボイラー装置に取り付けたIoTセンサーから稼働データを収集し、それらを分析することでより効率的な運転の支援を行ったり、メンテナンスの提案を行ったりするサービスの提供も始めています。

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事例3:MEDICUS NAVI(大型ボイラ)-②

インフラ分野では、橋梁や水門などの状態をデジタル技術を使って解析・評価し、やはり効率的な点検やメンテナンスを提案するソリューションを提供しており、こちらもすでに多くのお客さまから高い評価をいただいています。

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事例5:GBRAIN(水門点検サポートシステム)(水門)(出典:IHI)

各事業のタイプに合わせた業務プロセス改革を進める

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業務プロセス改革についても、各事業のタイプに合わせたやり方を適用しながら着々と進めています。弊社は幅広い製品を手掛けるコングリマリット企業であり、量産品だけでなく準量産品及び一品ものであるインデント品も手掛けています。それぞれの製品タイプによって業務プロセスも大きく異なるため、各タイプに合わせた改革手法を採用しています。

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(2)事業類型の特性に合わせた業務プロセス改革 (出典:IHI)

まず量産品については、製造工程のあらゆるポイントでデータを取得し、工程全体の中でボトルネックになっている箇所を素早く検知し改善することで全体工程の効率を大幅に向上させることを目指しています。弊社の製品で言えば、航空機エンジンやターボチャージャーといった量産品の製造工程にこうした手法を取り入れています。特に,航空機エンジンについては,コロナ禍によって危機感が醸成され,改革スピードが大きく上がりました。

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①業務プロセス改革とDX(量産系事業) (出典:IHI)

 一方、物流・産業システムやパーキング関連製品などは、製品のベース部分は固定されているものの、それにお客さまごとにカスタマイズやオプション機能を加えることによって製品を完成させる「準量産品」のタイプに属します。こうした製品の場合は、固定部分の範囲をなるべく広げるとともに、カスタマイズ・オプション部分を極小化することによって、お客さまに提供する価値を維持しつつ、同時に納期の短縮や製品バリエーションの拡大なども実現できます。

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②業務プロセス改革とDX(準量産系事業)(出典:IHI)

そして橋梁や水門、プラントといった「一品もの」に関しては、建設現場と工場との間をデジタルでつないでよりスムーズに情報を連動できるようにすることで、工程管理をより正確かつ効率よく行えるようにしていきます。
デジタル技術を使った新事業の創出にも着手
ここまで紹介してきた数々の施策は、どれも既存の事業をトランスフォームすることによってLCBの実現を目指す「LCB DX」の取り組みの一例です。一方、既存事業の延長線上にはないまったく新たな事業をデジタル技術によって創出する「事業創造DX」の取り組みも始めています。特に、今後ますます社会に大きな影響を及ぼすであろう「カーボンニュートラル」と「保全・防災・減災」の2つの社会課題に焦点を当てて、これらの解決に貢献できる製品・サービスの開発に取り組んでいます。
その1つが、カーボンニュートラルの実現に向けたデジタル基盤の開発です。弊社では「ILIPS」と呼ばれるIoTソリューションを提供しており、すでに多くのお客さまにご利用いただいていますが、これを使えば機械ごとのCO2削減量を割り出すことができます。この削減量を「カーボン・クレジット」として環境価値取引市場に流通させることができるプラットフォームを、富士通さんと共同で立ち上げました。

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事例1:カーボンニュートラルに向けたデジタル基盤開発 (出典:IHI)

これまでもCO2削減量を測定する仕組みは提供されてきましたが、それらの多くは工場の出入口で測定する方式をとっていました。しかしILIPSなら機械の単位で削減量を比較的容易に測定でき、かつそのままシームレスに環境取引市場にトークンとして流通させることができますから、これまでなかなかカーボン・ニュートラルの取り組みに踏み出せなかった中堅・中小企業でも十分に導入が可能になっています。
また保全・防災・減災の分野においては、弊社がこれまで手掛けてきた水門の管理技術と衛星データ、気象観測データを組み合わせて、集中豪雨が予想される際に自動的に水門を開いてあらかじめ洪水を防止するような仕組みを開発しています。こちらは現在実証実験を行っているところです。

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事例2:次世代型水管理システム(利水・治水・環境保全の同時解決)
(出典:IHI)

DXに必要な人材をどう養成するか?
DXの実現に向け、どうしても越えなければいけないハードルの1つに「DX人材不足」の問題があります。現在私は「全社CDO」として全社のDXの旗振り役を担っていますが、全社レベルだけでなく各部門レベルでもDX推進の担い手を置かないと、どうしても現場を巻き込んだ全社的なムーズメントにまで発展しません。
そこでまずは、4つある事業領域ごとに「事業領域CDO」を任命して、それぞれの下に各事業領域のDXチームを置くことにしました。この事業領域CDOとDXチームが中心となって事業領域ごとのDXを進める体制としましたが、各事業領域が完全に独自の方針で施策を計画・実行してしまうと、全社レベルのDXの方針とズレが生じてしまう恐れがあります。

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DX関連人材育成:DX人材(DXリーダー活動)(出典:IHI)

現在は、各事業領域長と事業領域CDOもしくはDXチーム長を月1回集めて連絡会を開催し、各事業領域が進めるDX施策が全社のDX方針と整合性が取れているかを適宜確認するとともに、互いに情報交換を行うことでノウハウの横展開を図っています。
さらには各部署の単位でもDXリーダーを任命して、現場でのDXの活動をけん引してもらっています。その際にはデジタルの専門家ではなく、むしろ事業のエキスパートでかつ改革マインドがある人を選抜して任命するようにしています。現時点ですでに約180人のDXリーダーが活動しており、4つある事業領域のうちすでに航空・宇宙・防衛事業領域と資源・エネルギー・環境事業領域では彼らが改革運動の旗手になり始めています。
残り2つの事業領域でも、今後改革マインドが浸透していくものと期待しています。
「超縦割り組織」にDXを浸透させるには? 重要なのは「進め方」
あらためて「超縦割り組織」にDXを浸透させることに挑まねばならない製造業DXについて、まとめたいと思います。
まずは前述した、DX指針三箇条「社会課題とお客さま価値を意識する」「ソト/ヨコ/タテとつながり、対話する」「データにもとづき、改革を貫徹する」を意識することです。
「モノからサービス」ということでビジネスモデルを変えても、「社会課題とお客さま価値を意識する」ができないとコト売りになれません。日本の製造業を担ってきた人は、「ものづくりの会社で、大きなものを設計したい」という人が多いのです。「これを創りたい」という人からすると「モノを売るのではなく、お客さまがどういうふうなことに喜ぶか考える」というのは「発想の転換」が必要です。
たとえば、部品をいつ、どのように売って、どのように修繕するのかというのは、売る方からすると同じ部品でも、タイミング次第でその価値が違います。タイミングによっては、相手の稼働率が途中でダウンして、今まで9割だった稼働率が、突然7割になり、2割分はお客さまが儲けられなくなる──。このように、お客さまの価値をイメージできるかどうかです。
この「社会課題とお客さま価値を意識する」ができないと、「データに基づき、改革を完遂」はできないです。この3原則は1、2、3という順番で進めることが重要です。
「ソト/ヨコ/タテとつながり、対話する」についても、大きな製造業は受注産業であることが多く、お客さまのオーダーにそって召使いのよう振舞うことがいいことだと本気で思っている人がいっぱいます。
しかし、お客さまは当たり前ですが、サービスをどこに頼むか比較して自分のビジネスの策を練っているわけです。当然受注仕事が多い製造業であっても、自社の強みや弱みはとライバルの動き方を、比較することが必要です。そうすると比較して提案するために、今度はデータを取りたくなるのですが、残念ながらその発想がない場合が多いのです。
製造業のDX担当者にはぜひ「ソトから違う知恵を持ってきて応用して欲しい」と思います。「コト売り」といっても「アプリをみると、自車の状態がわかる」「複写機を利用するとコピーの分量や、故障した箇所がメーカーにすぐにわかる」といった事例がたくさんあるわけです。それを今、機械産業でやろうという話なのですが、なかなか共感してもらえていません。
20~30年モノを売ることを叩き込まれると、発想の転換は難しいのはよく理解できます。それでもソトの人と付き合っていると、トランスフォーメーションの発想も出てくるわけです。
もう1つ。本当にDXを推進するなら人事制度の改革を検討すべきです。人事の問題は総論賛成、各論反対になりがちです。
なぜか。それは「DXを推進する際にエース人材を引き抜いてそのユニットの利益が出なくなったら人事のせいだ」という文句が出るからです。しかし人事制度改革こそがトランスフォームできるかどうかのカギを握る最大のポイントで、人事制度改革こそ他社のCDOたちと議論になる「企業文化改革」に尽きるのです。製造業でも「制度を変えて失敗した場合、責任を取らされる」というロジックをなくさないといけない。
また、CDOなどDXを推進する立場の人が現場に行ってひざ詰めで話することも重要です。一般論として特に製造業で特に「現場が強い」部署は、上長が「右向け右」と言っても、面従腹背になりがちです。DXや事業領域の長が現場に何度も行って、なぜDXが必要か、カルチャーを変える必要があるかを腹に落ちるまで話すしかないのです。
データ活用のための人材育成・環境整備も進める
DXに欠かせない「データサイエンティスト」「データアナリスト」の育成にも力を入れています。高度なデータ分析やAI開発などを担うデータサイエンティスト人材に関しては、現在複数の教育カリキュラムを試行しているところで、将来的には全社で数十名の専門家を育成したいと考えています。
一方、BIツールなどを使って実務レベルのデータ分析が行えるデータアナリスト人材に関しては、すでに2018年度から育成の取り組みを始めており、2023年度中にはのべ1000人の人材を確保する予定です。さらには、データ分析に関する基礎知識を習得するeラーニング研修を、同じく2023年度中に全社員を対象に実施する予定です。

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DX関連人材育成:データアナリスト/データサイエンティスト育成
(出典:IHI)

また、実際にデータを収集・加工・分析するためのデータマネジメント基盤の構築にも取り組んでいます。弊社にはもともと、各事業ごとに独自にシステムを構築してきた歴史があるため、互いにばらばらにデータが管理されている「サイロ化」の状態に陥っていました。また貴重なデータがデータベース上で共有されることなく、社員個人のPCで眠っているようなケースもまま見られました。
そうしたデータをかき集めて共通のフォーマットに加工した上で単一のデータレイク上に集約し、さらにBIツールを通じてさまざまな切り口から分析できる環境を整備中です。すでにとある事業領域ではBIツールのTableauを使ってさまざまなデータを可視化できるダッシュボードを構築・運用しており、大きな効果を上げています。これを受けて、現在他の事業領域でも同様の動きが加速しつつあります。

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データマネジメント基盤:全体像(出典:IHI)
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事例:BIツールの展開(航空・宇宙・防衛事業領域→他の3事業領域へ展開)(出典:IHI)

こうした数々の取り組みを評価していただいた結果、幸いにも2022年に経済産業省と東京証券取引所が選出する「DX銘柄」に選んでいただきました。これを機に社長からもDXの重要性について全社に直接メッセージを発信してもらい、全社を挙げてDXに取り組んでいく姿勢を明確に打ち出しました。
まだまだ先進的な企業の取り組みには及びませんし、今回のDX銘柄も今後の期待値を加味した上での選定だと思っていますので、ぜひそうした期待に応えるべくDX推進の歩みをさらに加速させていきたいと考えています。

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ビジネス+IT
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2023年4月7日RT(43)
見 守(KEN MAMORU)

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