日本は「コオロギ」に頼るほど食糧危機なのか。東大教授「子供を実験台にしてはいけない」

徳島県立小松島西高校が給食でコオロギパウダーを使った「かぼちゃコロッケ」と、コオロギエキスを使った「大学いも」を出した。虫に抵抗がある生徒や教職員に配慮して、食べるかどうかは選択制であったようだが、学校の給食で出されたことにより全国的に話題となった。
この件も含め、ここ最近食糧問題の解決策として昆虫食が注目を集めている。国連の食糧農業機関(FAO)が発表した「世界的な食糧危機の解決策になる」ことに端を発しているわけだが、そもそも日本の食料自給率は年々低下しており、農林水産省の調査結果によるとカロリーベースでの食料自給率は37%。アメリカ(132%)、オーストラリア(200%)など諸外国と比較すると圧倒的に低い。
この数字を見る限り、昆虫食の普及よりもまずやるべきことがあるような気もする。そこで、昆虫食の可能性、また日本の食料自給率が低い要因など、『農業消滅 農政の失敗がまねく国家存亡の危機』(平凡社新書)の著者で東京大学大学院農学生命科学研究科教授の鈴木宣弘氏に話を聞いた。
「コオロギは未知な部分が多い」
まず、コオロギが学校給食として出されたことに「イナゴの食習慣は古くからありますが、コオロギは未知の部分が多いです。直ちに改めて、子供達を“実験台”にするようなことはあってはならない」とキッパリ。
続けて、コオロギが学校給食に登場した要因でもある日本の食糧問題について、「日本の食料自給率は約40%ですが、種や肥料の自給率も低く、それらを考慮した場合、恐らく食料自給率は10%あるかないかになるか。海外からの物流が停止した場合、世界で最も餓死者が出る国という試算も出されるほど、日本において食糧問題は喫緊の課題なのです」と警鐘を鳴らす。
肥料も手に入らない
それでは、なぜ日本の食料自給率はここまで低いのだろうか。
「さまざまな要因が挙げられますが、特に終戦直後からアメリカに貿易自由化を押しつけられ、余剰生産物の最終処分場として、日本人にアメリカの農産物を食べさせる政策を進められたことが大きいです。当時は経産省を中心に、自動車など輸出産業の利益を守るため、農産物の関税撤廃を進め、食料を輸入に依存する構造を作りました。言うなれば、食料と農業を自動車のための“生贄”にしたのです。その結果、“食料安全保障=カネを出して輸入すれば良い”という考え方が定着。コロナ禍による物流停止にはじまり、さらにはウクライナ紛争が勃発するなど、輸入頼みのリスクが露呈しました」
食糧の確保が難しくなっただけではなく、「日本は牧草を北米から輸入していますが、今や中国が大量に高値で買い付けているため、日本は牧草すら買えない。他にも、日本は化学肥料原料であるリンとカリウムを100%、尿素は96%を輸入に依存していましたが、最大調達先である中国は国内需要が高まったために輸出を抑制。また、カリウムはロシアとベラルーシに大きく依存していましたが、いまや日本は敵国認定され、輸出してくれなくなりました」と、肥料さえまともに手に入らない状況だと語った。
政府の危機認識力は低い
もう一つ大きな要因として、「目先の歳出削減しか考えない財政政策です」と答える。
「年々税金は上がり続ける一方、使う方は渋りに渋り、農業予算などはとにかく減らすことしか考えていません。国家国民のためにどこにお金をかけるべきかという大局的戦略が全くない。だから農業はどんどん苦しくなり、輸入依存が高まり、自給率は低下し、いざという時に国民の命が守れない世界で最も極端な国になりました。
にもかかわらず、2023年1月に岸田首相は施政方針演説にて、食料安全保障や食料自給率への言及はなく、『農林水産品の輸出額は、1兆円を突破しました。次の目標である、2025年、2兆円突破に向け、輸出品目別にオールジャパンで輸出促進を行う体制を整備します』『スマート農業、ドローンによる配送、遠隔見守りサービスなどを組み合わせたプロジェクトを日本の中山間地域150か所で実現します』など、地に足のついていない話ばかり。国民の食料確保や国内農業生産の継続に不安が高まっている中、危機認識力が欠如していると言わざるを得ません」
牛を殺したら15万円
長年にわたる政府の舵取りが現在の食糧危機を招いたことがわかった。ただ、その原因を作った政府は食糧危機に本格的に取り組む姿勢は見せていない。
「国内生産の命綱ともいえる米ですが、実は米価はどんどん下がっています。長期間のデフレにコロナ禍も加わってさらなる消費減が起き、一俵あたり9000円まで値下がりしました。ここ最近はわずかに上昇しましたが、生産コストは一俵あたり平均1.5万円かかるため、これでは作り続けられるわけがない。しかし、政府は『米が余っているから作るな』と“減反”を強いてきました。さらには、牛乳が余っている状況も以前から報じられていましたが、これにも政府は『余っているから搾るな』と言うのみ。
とはいえ、米や牛乳などが余っている原因は、賃金や所得が減り続けて、“米を買いたくても買えない人の増加”です。本来であれば、政府が農家から米などを買い上げ、フードバンクや子供食堂などに届ける人道支援を講じなければいけません。にもかかわらず、『生産するな』『牛乳搾るな』と突き放し、さらには『牛一頭を殺せば15万円の助成金を出す』という政策まで実施しました」
アメリカの顔色を伺う政府関係者
頓珍漢な動きに対して、「農家にしっかり生産してもらい、政府が穀物や乳製品の在庫を買い取り、国内外の援助に使うことで需要創出する。そのような前向きな政策に財政出動すれば、農家も消費者も助かるのになぜか日本政府はやりません」と語気を強める。ただ、政府の的外れな動きを見せる原因は大国の存在が大きいからだという。
「先述した通り、“国内の食料自給率の上昇はアメリカの市場を奪うこと”です。国内外の援助についても、日本政府関係者は、海外への“援助”を口にすると、アメリカの逆鱗に触れてしまい、自分自身の地位が危ないと恐れてしまっているように見えます」
興味関心を持たなければいけない時期
そして、「現在の農水関連の予算は総額2.3兆円程度。一方、武器購入には毎年10兆円以上の予算がついています。『昆虫食にはSDGs関連で莫大な企業支援が行われている』という情報もありますが、コメを減産し、乳牛を殺し、牛乳を廃棄し、トマホークとコオロギをかじって生き延びることの愚かさを真面目に考えてほしい」と訴える。
「お金出せば食料を買える時代は終焉しました。不測の事態に国民の命を守ることが“国防”というのなら、国内農業を守ることこそが安全保障の要です。食料にこそ数兆円の予算を早急に付けないと国民の命は守れません。
アメリカの顔色を窺って国内農家や国民に負担を強いるのはもう限界です。政治や行政には我が身の保身でなく国民を守る覚悟を持ってほしい。お金を出せば輸入できるのが当たり前でなくなった現在、国内農業こそが希望の光、安全保障の要だと国民は認識する必要があります」
“飢餓”と聞くと遠い国の問題と思われやすいが、日本も決して楽観視できないほど、食料事情は危機的状況を迎えようとしている。一次産業について本気で考えなければ、子供たちの代だけではなく、今生きる私たちも安心して生活することができなくなるかもしれない。 文/望月悠木
【望月悠木】
フリーライター。主に政治経済、社会問題に関する記事の執筆を手がける。今、知るべき情報を多くの人に届けるため、日々活動を続けている。Twitter:@mochizukiyuuki
